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浦和地方裁判所 平成8年(ワ)764号 判決 1998年10月02日

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護人

牧野丘

髙木太郎

鈴木幸子

堀哲郎

被告

社会福祉法人与野市社会福祉協議会

右代表者理事

井原勇

右訴訟代理人弁護士

安西愈

井上克樹

外井浩志

込田晶代

渡邊岳

主文

一  原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、平成七年七月以降、本判決確定に至るまで、毎月末日限り月額金二八万○八八○円、毎年六月末日限り金五〇万七七六〇円、毎年一二月一〇日限り金六〇万九三一二円、及び毎年三月一五日限り金一二万六九四〇円をそれぞれ支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨

二  被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  事案の概要

本件は、被告から懲戒解雇の処分を受けた原告が、右処分は無効であるとして、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、同契約に基づいて、賃金の支払を求めるものである。

一  前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実)

1  被告は、埼玉県与野市における社会福祉事業の能率的運営と組織的活動を促進し、地域社会福祉の増進を図ることを目的として諸事業を行う社会福祉法人であり、原告は、平成六年四月一日、被告に事務局職員として採用された。

2  被告の職場は、庶務係・事業係・ボランティアセンターの三つの係からなり、各係二名ないし三名で構成されている常務理事以下十一、二名の職場である。原告は被告において事業係に配属され、「しあわせサービス」、「地域福祉活動計画策定」、「高齢者福祉入浴サービス」、「福祉の市」等の仕事に従事していた。

このうち、「しあわせサービス」とは、住民参加型の在宅福祉サービスであり、被告において調査の後、日常生活上の援助を必要とする者を利用会員として、他方、右援助を行う者を協力会員として登録し、利用会員が援助を必要とするときには、被告において需給調整のうえ、有料にて協力会員に右援助を依頼するという事業である。

3  解雇及び懲戒処分に関して被告が定める就業規則は、別紙職員服務規程(以下「本件規程」という。)のとおりである。

4  被告は、平成七年六月三〇日、原告に対して、本件規程第31条2号に基づき懲戒解雇の意思表示をし(以下「本件懲戒解雇」という。)、これを不服とする原告は、同日、被告の理事(会長)に対し、異議申立ての手続を行った。

5  これに対し、被告は、同年七月二一日、原告に対し、「異議申立てに対する回答について」と題する書面を送付し、本件懲戒解雇に変更のないことを通知し、現在に至るまで原告との雇用関係を争っている。

6  被告は、平成七年七月一四日、原告に対し、解雇予告手当金として二九万一六〇九円を支払ったが、本件懲戒解雇を争う原告は、同年八月一一日、被告に対し、これを同年六月分以降の賃金として受け取ると申し入れた。

二  争点及び当事者の主張

1  懲戒事由の存否

(一) 度重なる遅刻の件

(被告の主張)

原告は、被告に入社以来、再三にわたる注意にもかかわらず、以下のとおり、始業時間の午前八時三〇分に出社せず、遅刻を繰り返した。

平成六年五月九日、一〇日、一八日、二七日

六月二日、三日、六日

七月八日、二一日、二五日、二七日

八月九日、二二日、二五日、二六日、二九日

九月一九日、二八日

一〇月三日、一一日

一一月八日、九日、一五日、二一日

一二月五日、二二日

平成七年一月九日

二月二〇日、二二日、二四日

三月一日、三〇日

六月一四日、二八日

(原告の主張)

原告が何度か遅刻したことは認めるが、それは月に一、二度、いずれもJRが遅れた際に、その影響で一ないし三分遅れた程度である。

なお、被告の職場の時計は常時二、三分進んでおり、これらの多くの場合は、実質的には遅刻ではない。また、被告の職場にはタイムカードがなく、概して幹部職員らは出退社時間にルーズであり、現に、原告が勤務していた当時、毎日一〇分近く遅刻している人が複数名おり、その他に、週のうち約半分の日に遅刻している人も複数名いるような状況であった。

(二) 職務放棄の件

(被告の主張)

平成六年五月一七日、原告が、同僚のA(以下「A」という。)と、しあわせサービス等の福祉の仕事についての説明のため、本村町自治会長宅を訪れた際、原告は、午後四時三〇分ころからソワソワし始め、午後四時四五分ころには、話の途中で同宅を退去した。

(原告の主張)

原告が右自治会長宅を退去したのは午後五時一五分である。このときの話し合いでは、仕事上必要な説明は午後四時三〇分ころには終了し、その後はいわゆる世間話に興じるのみであったので、原告は、頃合いを見計らって席を辞し、事務局に戻ったものである。

(三) お茶入れ拒否の件

(被告の主張)

被告では、寄付を持参してくる人やボランティアの人等、被告を訪れる人々に対して、社会福祉事業に協力してくれる方々への礼儀として、手の空いた職員がお茶を出すことになっていたが、原告は来訪者にお茶を出そうとはせず、他の職員が原告の代わりにお茶を出したことに対しても、これを非難する言動を行った。

(原告の主張)

原告は、被告を訪れる者に対してお茶を出すことを拒否したことはない。原告は、被告の女性職員が、他の職員に対して、特に欲しいとも言われていないのに、しかもその職員が席を離れているときでさえ、機械的にお茶を注がなければならない慣行については疑問を持っていたが、これも一切拒否したということはない。

(四) 被告事務局長B(以下「B局長」という。)による注意の件

(被告の主張)

B局長は、平成六年五月一八日、原告に対し、、右(一)ないし(三)等について注意したが、原告は反抗的な態度に終始し、勤務態度を改める旨の発言は一切なかった。

また、原告は、平成六年七月二七日にも、B局長から遅刻の注意を受けたにもかかわらず、全く反省の色を示さなかった。

(原告の主張)

遅刻の件に関しては、平成六年夏ころ、原告が一、二分遅刻した際、B局長から「遅刻しないようにもう少し早く来て欲しいんだが」との注意を受けたことはあるが、これに対し原告は、「すいません。今日の分については時間休を出しておきます」と答え、率直に謝罪している。

職務放棄の件に関しては、平成六年五月一八日、Aから報告を受けたB局長が、原告に対し一方的な叱責を加え、その際、原告には何ら弁明の機会が与えられなかったものである。

お茶入れの件に関しては、原告は、被告の来訪者に対しお茶を入れることを拒んだことはなく、注意されたことはない。

(五) 原告による先輩職員の呼び出しの件

(被告の主張)

原告は、平成六年九月、局長及び局長補佐のいないときを見計らって先輩職員であるAを会議室に呼び出し、約二時間にわたり、原告のいう同人の些細なミスを取り上げ、「私が穏便に済ませてやっているからいいようなものの、お前のミスだ」、「どう考えているのか」、「謝罪しろ」、「あんたは私に悪意を持っている」などと、一方的に同人を責め続けた。

(原告の主張)

原告は、Aの連絡ミスから生じた利用者からのクレームを電話で受け、これを同人に伝えるとともに、当時その種のミスが多かった同人の自覚を促すために、会議室において二人で話し合ったことはあるが、その時間は二〇分以内である。

(六) 事故を責任転嫁した件

(被告の主張)

原告は、平成六年一〇月一二日、被告のハンディキャブ(障害者のためのワゴン車)を運転して車庫に入れようとした際、接触事故を起こし、その報告を求められるや、右事故がAの誘導ミスによるものであると主張したため、同人から抗議を受けたところ、やっと自分の責任であることを認めた。

(原告の主張)

右事故につき、実際に被告のハンディキャブを運転していたのが原告であることは間違いなく、原告自身その責任を認めているところである。原告は、右事故の事実経過を報告する際に、Aが誘導していたはずであったことを述べただけであって、責任を転嫁する意図はなかった。どうしてこれが、「責任転嫁」といわれるのか、全く理解できない。

(七) 福祉の市の準備の件

(被告の主張)

(1) 被告が毎年主催している「福祉の市」という催しの準備として、原告は「開催案内図・イベントタイムスケジュールの作成・掲示」を担当することになっていた。原告は一週間前からこの仕事を割り当てられていたにもかかわらず、福祉の市の前日である平成六年一〇月二九日になってもこの仕事を完成せず、午後五時になるとそのまま帰ろうとしたため、B局長が仕事をやり遂げるように指示したが、原告は恐ろしい形相で「帰っていいですか」と言ったまま、何もしないで立っているのみであったので、結局その仕事は他の職員が完成させた。

(2) また、右数日前、福祉の市に訪れる入場者の駐車スペースを確保するため、その敷地となる場所の草刈りをボランティアを依頼して行ったところ、原告は、右ボランティアの作業を腕組みしながら見ているだけで、全く手伝おうとはせず、右原告の態度に対してボランティアから批判が出た。

(原告の主張)

(1) 福祉の市の準備については、そもそも明確な仕事分担は定められていなかったのであるが、イベントタイムスケジュールは一〇月二九日までに原告が完成していた。開催案内図の作成については、右前日の二八日に申し渡されたのであるが、同図の作成には相当な時間を要すると見込まれたところから、通常業務のかたわら一人での作成は無理であるとして原告はこれを断っている。結局、同図は、準備に当てられた日である二九日に作成することとなったのであるが、これが明確に原告の分担とされたわけではなく、また同日、原告は自分の仕事を残して帰ろうとはしていない。

(2) 草刈りの件については、どのような仕事があって原告は何をすべきであり、何をしなかったから問題なのか、また、誰から苦情が寄せられたのかなど、被告の主張は具体的に明らかでない。

(八) 会議会場への直行の件

(被告の主張)

平成七年二月二四日、原告は、午前一〇時から始まる浦和市内での研修会に参加する予定であったところ、当日朝、被告の事務局に、開催場所へ自宅から直行したいとの連絡を入れてきたので、これに対し、B局長が、いったん被告事務所へ出勤してから参加するように指示したところ、「他の職員もやっている」などといって、なかなか応じようとはしなかった。

(原告の主張)

浦和市内でこのような会議・研修会が午前中にもたれる場合、被告事務局においては、通常の場合、自宅から会場に直行するのを常としていた。原告は従来、被告事務局に出社してから会場へ行っていたが、この二月二四日には、右慣行に従い直行することにしたもので、原告は一応、念のため当日朝、改めて事務局にその旨の電話を入れたところ、B局長からいったん事務局に来るように指示されたので、事務局に出勤し、結局、遅れて研修会に参加したものである。

(九) 地域福祉活動計画の件

(被告の主張)

(1) 原告は、被告の地域福祉活動計画を策定するメンバーとされ、右策定作業のためには残業や休日出勤もあることを事前に了承していたにもかかわらず、策定会議当日になると、午後五時に帰宅することを繰り返した。のみならず、残業している他の職員に対して、「誰々さんは残業代が欲しくて残業しているのでしょ」といったような発言を繰り返した。

(2) このため、被告は、原告を右策定メンバーから外すことを検討していた矢先、平成七年五月一六日、原告はB局長に「自分は辞めたいとは思っていないが、今の状況ではやっていられない」旨述べるとともに、策定計画のリーダーであるC次長(以下「C次長」という。)のあらぬ男女関係の誹謗中傷を始め、これをたしなめたB局長に対しても、「局長の男女関係も知っている」などの脅迫的言辞を弄した。

(原告の主張)

(1) 右会議について残業命令が出されたことはないし、休日に会議が行われたこともない。同会議は午後一時ないし二時ころから開始されていたものであり(午前中に行われたものもある)、原告は毎回その会議に出席していた。そして午後五時を迎えるころになると、会議のリーダーであるC次長が、「残れる人は残って」と声をかけるのであって、この会議に関して残業命令が発せられたことはない。また、原告は、被告主張のような発言をしたことはない。

(2) 原告は、平成七年五月一六日、右会議ではそれぞれが自分の仕事をしたり、私的な世間話に終始したりして時間が無駄にされていることを改善して欲しい旨、B局長に申し入れたのであって、男女関係云々を問題にはしていない。また、原告がB局長に脅迫的言辞を弄したことは全くない。

(一〇) 障害者陶芸教室の作品展示の件

(被告の主張)

(1) 被告では、被告の催した障害者のための陶芸教室の作品を展示することになり、その展示場としてコミュニティセンターの中のショーウィンドウが選ばれた。右ショーウィンドウは会議室側からしか開閉できないので、会議室の使用中は展示作業ができないことから、昼休みに展示作業を行うことになった。しかし、原告が「労働基準法に触れるようなことをしていいんですか」といって協力しようとしなかったので、結局コミュニティセンターと協議して、朝一番に作品を展示することになったが、原告は、その作業の当日である平成七年五月一八日、午前八時三〇分から一時間の年休を取得し、作品の展示を手伝わなかった。

(2) また、展示ケース内の花が萎れてきたことから、B局長が花瓶の水を取り替えるように原告に指示をしたが従わず、D事業係長(以下「D係長」という。)が水を取り替えた。

(原告の主張)

(1) 原告は約一週間前から、五月一八日の朝、一時間の休暇を取得する旨上司であるD係長に申告しており、休暇届も前日に提出している。作品展示を当日朝行うことは突然決まったことであり、原告には何も知らされていなかった。

(2) 原告は、B局長の指示に従い、花瓶の水を取り替えに行ったが、会議室が夜間まで使用中であったため、仕方なく引き返してきたもので、B局長にはすぐにその旨報告している。さらに、翌日も原告は水を取り替えに行ったが、やはり会議室は使用中で、これもB局長に報告済みである。

(一一) 入浴サービスの件

(被告の主張)

D係長が原告に、要介護者に対する入浴サービスのスケジュールを伝えたところ、原告は、「実施日を誰が決めたのか、どうやって決めたのか私は知らない」との反抗的態度を示したので、平成七年五月二九日、B局長が、スケジュールの決定について話をするとともに、原告の態度を注意するため、原告を呼び出したところ、「何故局長に話をしたのか」とD係長にくってかかり、B局長に対しても、「局長のことも抑えてあることがある。滅多なことでは言わない。最後のところで言う」といった脅迫的言辞を弄し、注意に耳も貸さなかった。

(原告の主張)

原告は、右のような反抗的態度をとったことはないし、B局長に対して脅迫的言辞など弄したこともない。

(一二) 直属の上司の指示に対する反抗の件

(被告の主張)

(1) D係長が、E嘱託員(以下「E」という。)に、一年の更新期間が過ぎている協力会員に更新にあたって協力内容が従前通りでいいか確認の手紙を出すように指示したところ、原告が、D係長に何の相談もなく勝手に、Eにそのような仕事をする必要がない旨言ったことから、EがD係長に指示の確認に来た。このため、D係長が原告に、「打合せ通りにやってください」と指示をしたが、原告は、「でも係長、やんなくてもいいんじゃない」と言ってあくまで従おうとはしなかった。

(2) 原告は、各社協から送られてくる会報や広報紙等に熱心に目を通し、仕事で忙しくしていることはなかったので、D係長が手の空いている原告に業務用のファイルを出すように依頼したところ、原告は「場所は知っていますよね。自分で取ってください」などと言って指示に従おうとせず、D係長はやむなく自分でファイルを取らざるをえなかった。

(原告の主張)

(1) 原告は、Eが「面倒だから、こんなことやらなくてもいいんじゃない?」と言ってきたので、「係長に相談してみたら」と答えただけである。

なお、協力会員への確認の文書は、原告が文案を起案し、各協力会員に発送されている。

(2) 原告が、各社協から送ってくる会報、広報誌等に熱心に目を通すことが多かったこと、D係長から業務用のファイルを出すように言われた原告が「自分でとって下さい」と言ったことは認めるが、右会報等に目を通すことは業務の遂行上当然かつ重要なことであり、むしろ原告が仕事に熱心であったことを示すものである。また、このとき原告は多忙であり、他方、D係長は手が空いているように見えたのと、ファイリングロッカーについては以前から十分説明してあったため、自分で取るように頼んだだけであって、現に他の上司は当然に自分でやっていたことである。

(一三) 他職員の所持品を無断で探る件

(被告の主張)

原告が、他の職員がいないときに、その職員の席に座ったり、机の近くに寄り、まわりの物を探ったりしていたので、原告に対し、「仕事は自分の机の上で行い、他の職員の机のまわりを勝手に探らないこと」と注意を与えたが、守られなかった。

(原告の主張)

被告の職場は、他の職員と共同でする仕事が多いにもかかわらず、職員の情報や業務内容の共有化がスムーズではない。したがって、お互いに他の職員が不在のときには、机の上の資料を探してもよいとの了解をしあっていた。そうでなければ、それぞれの仕事が進められず、ひいては業務に支障を来すことになるからである。

(一四) 利用会員等からの苦情の件

(被告の主張)

原告は、被告の主要な事業の一つである「しあわせサービス」の協力会員に対して「七〇〇円が欲しくて働いているのでしょ」等の発言を繰り返し、多くの協力会員から原告が今後も「しあわせサービス」の仕事を続けるのであればやめたいとの申し出がされるほどであった。

また、利用会員に対しても、「近所にいる親類がみれば良い」、「遠くに住んでいる娘や息子がみれば良い」等の発言を行ない、サービスの利用を断念する利用会員もいた。

このため、平成七年四月ころには、原告に対し利用会員、協力会員と直接接触せず、会員への連絡はEを通じて行うように申し渡していたが、その後も原告は会員との接触を止めず、苦情が多発した。

(原告の主張)

原告は、会員と直接接触しないこと、会員への連絡はEを通して行うことを申し渡されたことは一度もない。

また、会員から原告への苦情が多発していたなどという事実は全くない。

2  本件懲戒解雇の相当性

(被告の主張)

(一) 原告は上司の日常の指示に反して、不当な反抗を継続し、勤務態度に対する上司の注意に従わないばかりか、かえって、上司に対し脅迫的言辞を弄すること二度にわたり、ときには上司の指示に従わないよう扇動し、わずか十一、二名の職場で、他の職員の勤務を揶揄する言動を繰り返し、ときには不当な個人攻撃を行い、さらには、被告の事業活動に不可欠な協力会員等に対しても、不当な発言を繰り返し、正常な事業活動を妨害することによって、職場の秩序を乱す等、その勤務態度は極めて劣悪であり、本件懲戒解雇は正当である。

(二) 本件懲戒解雇は、本件規程第31条2号により言い渡されたものであるが、既に述べた原告の数多くの非違行為は、本件懲戒解雇当時において、被告が認識していたところであり、結局、原告の非違行為は同条1号、2号、4号及び6号に該当する。

(原告の主張)

被告による懲戒事由の主張は、そのどれをとっても、なぜそのような事実によって懲戒解雇が可能なのか疑問を呈さざるをえない。仮にこれらの事実が存在したとしても、いずれも業務指示で足りると思われる事柄ばかりである。

(一) 本件規程第31条には、懲戒解雇事由が掲げられており、同条2号には、当初より被告主張の要件が記されているものの、これは同条の他の項目と同程度の悪性が存することが必要であるし、同号と類似する本件規程第30条4号よりも明らかに情状が悪い場合である必要がある。

本件において、被告は原告の「問題行動」を鏤々主張するが、それぞれの問題行動があったとする時期において、被告側が原告に対して事情説明ないしは弁解を求めたことはなく、ましてや懲戒処分を行ったこともない。仮に被告主張のように、原告がこのような行為を反復して行っていたとしても、本来、本件規程第30条2号又は4号を適用して、軽度の懲戒処分を行うのが社会通念上相当な処分というべきである。

(二) 本件規程第31条本文においては、情状によって、譴責又は減給処分にとどめる旨規程されているのであって、情状酌量をするか否かの最終的判断権限は使用者の側にあるとしても、労働者の側には、情状酌量を求めうる機会が与えられるべきである。懲戒解雇処分に先立ち、使用者側の認識した懲戒事由に対して弁解し、もろもろの事情を上申するのは、同条から導かれる労働者の権利であって、一切弁解の機会を与えることなく言い渡された本件懲戒解雇は無効である。

(三) 被告は、原告に対する本件懲戒解雇通告の場で、具体的な解雇事由については何ら触れようとせず、「異議申立に対する回答について」と題する書面でも具体的事実を指摘していない。これは、本件懲戒解雇当時、被告が具体的解雇事由をそもそも認識していなかったことを示すものであり、本件訴訟で主張される懲戒事由はあとから捏造されたものである。

3  普通解雇への転換

(被告の主張)

原告の被告における勤務状況は既に述べたとおりであるから、原告が被告において就労することにより被告の業務に支障が生じていることは明らかであり、原告の非違行為は、本件規程第17条後段の「やむをえない業務上の都合」に該当するので、被告は普通解雇を予備的に主張する。

(原告の主張)

(一) 懲戒解雇処分をした使用者の意図は、秩序罰を科し労働者の非違行為を禁圧することにあるのであって、懲戒解雇が無効であるからといって、これを懲戒処分ではない普通解雇処分に転換することはできない。

(二) また、被告の右主張は最終口頭弁論期日にされたものであるので、時機に遅れた攻撃防御方法として採用されるべきではない。

4  給与関係

(原告の主張)

(一) 原告は、被告より、平成七年四月から、二八万○八八○円の月例給与を得ていた。

(二) 被告においては、毎年六月末までに六月期末手当として月例給与の内、基本給、扶養手当及び調整手当の合計額の二か月分を、毎年一二月一〇日までに一二月期末手当として右合計額の2.4か月分を、毎年三月一五日までに三月期末手当として右合計額の0.5か月分を支給している。

(被告の主張)

(一) 月例給与の額は認める。

(二) 六月期末手当及び一二月期末手当の額は否認する。三月期末手当の額は認める。

第三  証拠関係

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

第四  当裁判所の判断

一  懲戒事由の存否

1  証拠(甲一五、一六、乙三ないし九、一三、一八の一及び二、一九ないし二二、二四、二六、三一、三三ないし三六、四〇、四一、四四、四七の一ないし七、四八の一、四八の二の一及び二、四八の三ないし五、五二、八一、証人B、原告本人(なお、右証拠中、後記認定に反する部分は、他の証拠に照らし採用しない。))及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 度重なる遅刻の件について

原告は被告に入社以来、本件懲戒解雇まで、おおむね月に数回、一〇分から一五分程度の遅刻をしていた。

(二) 職務放棄の件について

平成六年五月一七日、原告は福祉の仕事についての説明のため、Aとともに本村町自治会長宅に赴いたが、右説明の途中、午後四時四五分ころ、Aを残してひとり同宅を退去した。

(三) お茶入れ拒否の件について

原告は、被告事務局において就労中、少なくとも、自ら進んで来客にお茶を入れることはなく、総じてお茶入れに関しては、非協力的であった。

(四) B局長による注意の件について

(1) 平成六年五月一八日、右(一)ないし(三)の件につき、B局長が原告に注意を喚起したところ、原告からは、特段、勤務態度を改める旨の発言はなかった。

(2) B局長は原告に対し、同年七月二七日にも遅刻について注意を与えたが、これについても、原告から真摯に遅刻を詫びる旨の発言はなかった。

(五) 事故を責任転嫁した件について

平成六年一〇月一二日の接触事故直後、原告はB局長に対して事故の報告をするにあたって、右事故の原因はAが誘導してくれていたはずであるのに、合図をかけてくれなかったことにある旨の発言をしたところ、これに対し、Aから、そもそも自分が現場に行く前に右事故が起こっていたとの抗議を受けるや、原告は、「もういい、わかった」として、その場での報告を打ち切った。

(六) 福祉の市の準備の件について

平成六年一〇月三〇日に開催された福祉の市の準備として、原告はその一週間前から、開催案内図・イベントタイムスケジュールの作成・掲示の仕事を割り当てられていたところ、このうち、同月二九日までにイベントタイムスケジュールを完成させ、さらに開催案内図については、作成を要する二枚のうち、一枚を同日中に完成させたのであるが、同日午後五時を過ぎたところで、原告は帰宅を強く要望し、もう一枚の案内図を完成させることを拒んだので、同図は、原告以外の者の二、三名で完成させた。

(七) 会議会場への直行の件について

平成七年二月二四日、原告は事前に許可を得ることなく、研修当日の朝になって、被告事務局に研修会場へ直行する旨の電話をしたところ、これに対しB局長が、いったん被告事務局に出勤するよう指示したので、結局、原告は右指示に従い、被告事務局へ出勤した後、研修会場へ赴いた。

この点、原告本人は、午前中に研修会等がある場合、被告においては会場に直行するのが慣習であった旨供述するが、他にこれを裏付ける証拠はなく、むしろこのような場合、事前の許可を得るのが社会通念に合致するところであり、右供述は採用できない。

(八) 地域福祉活動計画の件について

原告は、地域福祉活動計画の策定会議のため、午後五時以降の残業がありうることを予め了承していたのであるが、実際には、本件懲戒解雇に至るまで、残業命令が出された平成七年五月一〇日、一五日、一六日、三一日、六月五日、九日、一五日、二三日の各策定会議のうち、原告が残業して出席したのは、同年六月九日の会議のみであった。

また、原告は残業している他の職員に向かって、残業代が欲しくて残業している旨の発言をしたこともあった。

(九) 障害者陶芸品の作品展示の件について

(1) 右陶芸品の作品展示作業は、平成七年五月一八日の午前八時三〇分から予定され、原告にも右展示作業に加わるよう指示が出されていたところ、原告は前日になって、右当日の午前八時三〇分から一時間の時間休を取得し、結局、右展示作業には加わらなかった。

(2) また、原告は、展示ケース内の花瓶の水を取り替えるよう、B局長から指示されたが、結局、右作業を完遂しなかった。

(一〇) 入浴サービスの件について平成七年五月ころ、D係長が、要介護者に対する入浴サービスのスケジュールを原告に伝えたところ、原告は、「実施日を誰が決めたのか、どうやって決めたのか私は知らない」として、素直に右スケジュールに従おうとしない言動を示したので、同月二九日、B局長がD係長同席の上、原告に対し(右スケジュールの決定について話をするとともに、原告の態度を注意したところ、原告からは態度を改めるとの発言はなく、かえって、原告は、D係長に対し、「この程度の話を何故局長に話したのか」と反発するとともに、B局長に対しても、「局長のことも抑えてあることがある」旨の発言をした。

(一一) 直属の上司の指示に対する反抗の件

(1) 平成七年春ころ、原告とも打合せの上、D係長が、Eに、一年の更新期間が過ぎている協力会員に更新にあたって協力内容が従前通りでいいか確認の手紙を出すように指示したのであるが、他方、原告はEに、右手紙の発送はする必要がないと言ったことから、EがD係長に指示の確認に来るということがあったので、D係長は原告に、仕事は打合せ通りにやるよう指示したところ、これに対し原告は、「でも係長、やんなくてもいいんじゃない」と答えた。

(2) 原告は、D係長から業務用のファイルを出すように依頼されたにもかかわらず、右ファイルを取らなかったことがあった。

(一二) 他職員の所持品を無断で探る件

原告は他の職員のいない間に、その机の近くに寄り、まわりの物を探る素振りを見せたので、B局長より注意を受けたことがあった。

(一三) 利用会員等からの苦情の件

しあわせサービスの利用会員及び協力会員に対する原告の言動が、往々にして右会員らの不興をかうことがあったことから、平成七年四月ころ、B局長は原告に対し、右サービスに関する会員らへの連絡は、Eを通じて行い、会員らとの直接の接触は避けるように指示をしたにもかかわらず、原告はその後も会員らと直接接触を続け、会員から不満の声が出ることもあった。

以上の事実が認められる。

2  他方、以下の点に該当する部分の証拠(乙二、三、一三、三三、五〇、証人B)は、にわかに信用することができず、他に以下の事実を認めるに足りる証拠はない。

(一) 原告による先輩職員の呼び出しの件について

平成六年九月、被告に寄せられた利用者からの苦情につき、原告とAが会議室において二人で話をした(争いがない。)際、原告がAに二時間に渡り罵詈雑言を浴びせたこと、

(二) 福祉の市の準備の件について

草刈りの件につき、原告の態度について、ボランティアから苦情が寄せられたこと。

(三) 地域福祉活動計画の件について

平成七年五月一六日、原告が、B局長との対話の席上、男女関係の話を持ち出した(争いがない。)際、原告がB局長に脅迫的言辞を弄したこと。

二  本件懲戒解雇の相当性

本件において、被告は、本件規程第31条1号、2号、4号及び6号により原告を懲戒解雇したと主張するのであるが、そもそも使用者の懲戒権の行使は、当該具体的事情の下において、それが客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には権利の濫用として無効となると解するのが相当であるところ、懲戒解雇がその他の処分と比し、労働者に与える不利益がきわめて大きいことを考えれば、その者を直ちに職場から排除するのもやむを得ないほどの事由が認められる場合でなければ、これを社会通念上相当として是認することはできないものというべきである(本件規程同条本文ただし書が、情状によっては譴責又は減給の処分にとどめることができると定めるのも、右趣旨を表すものといえる。)。

これを本件について見るに、前記認定事実にかかる原告の言動は、概して非協調的であり、本件懲戒解雇に至る経過において十一、二名からなる被告事務局に不和を生ぜしめた状況が窺えるものの、他方、右認定事実の個々は、いずれも事案軽微であり、また、これらを総合しても、原告を直ちに職場から排除するのもやむを得ないほどの事由があったものとはいえないから、右認定事実が本件規程第31条1号、2号、4号及び6号のいずれかに該当するとしても、本件懲戒解雇を社会通念上相当として是認することはできない。

もっとも、右認定事実のうち、地域福祉活動計画の策定会議については、原告の承諾の下に残業命令が出されていたにもかかわらず、原告はこれにたびたび従わず、明白な残業命令拒否の事実が認められること、しあわせサービスについては、B局長からの指示にもかかわらず、原告が利用会員等と直接の接触を続けた結果、会貝らから不満の声があり、被告の事業の性質を考えれば、原告には好ましくない言動があったと認められることなどに関しては、一概に事案軽微として不問に付し難いものがあり、この点原告は十分戒められるべきであるが、他方、原告の右所為は、譴責ないし減給処分といったより軽度の懲戒処分によって是正が可能であると思われるところ、本件懲戒解雇に至るまで、原告に対し先行する懲戒処分が全くなかったこと(争いがない。)などの状況に鑑みれば、なお右所為をもって、原告を直ちに職場から排除するのもやむを得ない事由に当たるとするのは、いささか酷であり、本件懲戒解雇を是認することはできないものというべきである。

そうすると、本件懲戒解雇は、懲戒権の濫用として無効というべきである。

三  普通解雇への転換

次に、被告は、本件懲戒解雇が無効であるとしても、右処分は普通解雇として有効であると予備的に主張するが、制裁としての懲戒解雇と普通解雇とでは趣旨が異なり、かような無効行為の転換を認めれば、相手方の地位を著しく不安定なものとするばかりか、安易な懲戒解雇を招来することにもなりかねず、本件懲戒解雇をもって普通解雇の意思表示に転換することは許されないものと解する。

四  給与関係

原告が被告から得ていた月例給与及び三月期末手当の額については争いがなく、甲第三三及び第三四号証によれば、被告は、少なくとも、六月期末手当として五〇万七七六〇円及び一二月期末手当として六〇万九三一二円を原告に支払うべきことが認められる。

第五  結論

以上のとおり、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。なお、雇用契約上の地位が訴訟によって確定すれば使用者が賃金を払わない特段の事情は一般には認め難いから、将来の賃金請求の必要性の限度は本判決確定に至るまでとするのが相当であり、原告の請求もこれに反するものではないと解する。

(裁判長裁判官河本誠之 裁判官左近司映子 裁判官島村典男)

別紙<省略>

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